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中国旅行 香港~成都~チベット・ラサ 鳥葬をみようとしたけど失敗した話

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私はいままで中国、北米、ヨーロッパを旅してきました。
バックパッカーの一人旅です。
その中からチベットへ行った話を紹介します。

香港

到着後、宿探し

最初、成田から飛行機で香港に到着しました。この時、初めてユーラシア大陸の地を踏みました。

宿は予約しておらず、香港の繁華街で探します。このころ香港は中国に返還されてませんでした。ビルが立ち並び、ネオン広告に溢れています。異国の地とはいえ商業的な街は、なぜか目新しくありません。

旅行者とみると宿の紹介だと思われる客引きに声をかけられました。しかし言葉が通じなくて、怖いので無視しました。

宿を見つける

数時間後、商店街の2階にある安宿に決めました。一泊1000円程度だったと思います。2段ベッドがいくつかあり、中はかなり込み入った状態です。男女いっしょの部屋というおおらかさです。日本人旅行者が数人いました。

中国、成都市へ

列車で親切な女性と会う

香港から列車で広東省に入り深センを通過します。

成都へは5時間くらいです。列車の前の席に30代くらいの中国人女性が座ってきました。英語で話しかけてみました。

私「Do you live in China?」

相手:「Are you American?」

私:「No,Japanese.」

すると相手は、カタコトの日本語でしゃべりだしました!

どうやら台湾の人で、親戚と会うために成都へ向かっているそうです。

なぜ日本語がしゃべれるのか聞くのを忘れてしまいました。台湾の人で高齢者は過去の日本統治のせいで日本語が話せる人がいます。おそらくそういった人のお子さんだろうと思います。顔は、目鼻立つがきりっとして、浅黒く、日本人とは違った感じでした。

成都に到着後、彼女がホテルを探してロビーまで案内してくれました。親切な方でした。

成都には数泊しました。ホテルの広間に、何百ものベッドを置いたしきりが全くない部屋に泊まったことがあります。男女いっしょで、多国籍です。印象的だったことがありました。上着を着替える時、おそらく日本人だと思われる女性は、毛布を被って着替えていますが、西洋の女性は、見られても平気で堂々と着替えているのです。「恥ずかしい」という感覚の違いがよくわかったシーンでした。

街で見たびっくりする光景

 街では驚くべき光景を目にしました。数人が数珠繋ぎで、相手の腰を持ってムカデのようにクネクネしながら移動しているんです。よくみたらみなさん視覚障害者のようです。それで蛇行していたんですね。

買い物をした時にも、本当にびっくりさせられるシーンに出くわします。商品を買って、お金をだしお釣りを貰うときのことです。なんと店員さんは、お釣りの紙幣を丸めてこちらに向かって投げました。これは、あとで調べてわかったことですが、普通のことみたいです。嫌がらせなどではないんです。過去に、カーターだったか定かではありませんが、アメリカ大統領の夫人が中国でショッピングしたときもお釣りを投げられ問題になったことがありました。この行為の原因は、サービスという概念が中国人になかったことだと思います。現在では給与制になっていますが、かつては配給制だったので、労働のやりがいを庶民が見いだせない時期が長かったのではないでしょうか。

香港の商業化された街から、まったく商業的な匂いのない中国、すごいコントラストでした。

印象的だった夜の闇

また成都で特に印象深かったのは、夜の闇です。というのは夜になると街灯がほとんどなく日没後、外は本当に真っ暗になります。漆黒の闇を初めてみました! 

飛行機でラサへ

標高は富士山くらいなのでいきなり行くと高山病になるらしく、飛行機で到着してしばらく頭痛がありました。陸路で徐々に行くと大丈夫だそうです。

ホテルはドミトリー形式で男女一緒。

町のレストランに行くと店内になぜか自転車が...なんと発電機を回すために置いていました!卵とトマトの炒め物がとても美味しかったです♪

ラサにきたからには絶対に行くべきポタラ宮。かつてダライ・ラマが住んでいたところです。五体投地の巡礼者がたくさんいました。

チベットのお葬式 鳥葬

鳥葬とは

チベット仏教の葬儀のひとつです。ご遺体を包丁でバラバラにして食べやすい状態にし、ハゲワシを呼びます。その肉片を鳥に食べさせることで天に送るという意味があります。

最初は下見にいったが...

最初下見のため自転車で斎場に向かいました。斎場といっても、ただの平原です。すると途中で、当局に呼び止められます。

「This is closed area.」

なるほど、立ち入り禁止というわけか... しかたなく帰りました。

鳥葬を見に向かう

後日、日本人旅行者数人と再び斎場に向かいました。

現地に到着してみると鳥葬の準備が行われています。麻の袋にご遺体が収めてあります。

いよいよかと思ったそのとき先日と同じ当局の役人がやってきました。そして英語でこう言いました。

「 They are very angry.」

ああ怒っているのか!

they = 葬式に参加している親族や地元の方々

鳥葬が始まる寸前に、退散することになりました。ご迷惑をかけているなら仕方のないことです。ただ、レアな風習を見学できなかったのは残念でした。

後日談

日本に帰国してしばらくたったころ、寺でお葬式をしているところを通りがかりました。すると、金髪の外国人の親子が、カメラを持って、楽しそうにしながら、お葬式の様子を写真に収めています。たぶん彼らは、お葬式だと気づいてなく、日本のめずらしいイベントだと思っているのでしょう。しかし、葬儀に参列している日本人からすると、憤慨ものだと思います。鳥葬に参列していた現地の方の気持ちがよくわかりました。

まとめ

中国旅行は、他に旅した欧米の諸国と比べ、商業化やインフラの整備が進んでない状態を見聞できたという点で、非常に際立った印象を残しました。それは、遅れているという否定的なものではなく、文明化が剥ぎ取ってしまったものを教えてくれた旅でした。